白内障手術と認知症の関係
[2024.09.08]
白内障は水晶体が濁って眼の中に光が入りにくくなる病気です。急に白内障が進行した場合には、視力低下を強く自覚することが多いですが、一般には白内障はゆっくり進行するため、見えにくいことに慣れてしまう方もいます。この場合、白内障が進んでも強い自覚症状が出ないため、いよいよ見えにくいと自覚した頃には白内障が高度に進行していた、ということもよくあります。どんな病気でも悪くなりすぎないうちに治療した方が安全に治療できますが、白内障についてもこれは当てはまります。一方で、白内障は手術を行ってきれいに眼内レンズを固定することができればまた眼内に光が正しく入るようになるため、進行して見えなくなったからといって直ちに手遅れになる病気ではありません。
それでは、白内障はどうしても見えなくなるまで放っておいてよいのでしょうか。結論としては、担当医と相談の上、ほどほどのところで手術を受けてしまうことをおすすめします。白内障手術を先送りにして白内障が高度になった場合に、懸念すべき事項が多く存在するためです。眼内で別の病気が発生しても気がつかない可能性や、転倒・事故のリスクなど様々な可能性がありますが、その中で認知症の発症リスクについては特に注意する必要があります。綺麗な光が眼の中に入ることはそれだけで認知機能低下の予防に寄与することが科学的に示されています。ここでは白内障と認知症の関係について解説します。
白内障手術と認知機能低下について非常に質の高い論文*が2022年に発表されたので、紹介します。本研究は、65歳以上の参加者からなる「Adult Changes in Thought(ACT)」コホート研究の一部であり、視力を回復させる白内障手術が、アルツハイマー病を含む認知症のリスクを低減させるかどうかを調査しています。主な結果は以下の通りです。
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白内障手術は、認知症発症リスクの低減と有意に(「有意に」とは統計学的に根拠があるという意味)関連していました。ハザード比は0.71で、手術を受けていない人に比べてリスクが29%低いことを示しています。
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緑内障手術(視力を回復させない手術)は、認知症リスクの低減と同様の関連性を示さず、視力回復の重要性を示唆しています。
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この研究では、教育、喫煙、APOE遺伝子型、健康関連の変数などの潜在的な交絡要因を調整して、白内障手術と認知症発症リスクの関係をより正確に判断できるように工夫されています。
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白内障手術による認知症予防効果は、手術後の最初の5年間でより強く現れ、10年を超えても有意に続きました。
この研究により、白内障手術を受けることで認知症発症リスクを約3割も低減することができるという驚くべきデータが明らかにされました。認知症は本人だけでなく家族にも多大な負担のかかる病気ですから、認知症発症リスクを下げる意味でも、白内障手術はいたずらに先延ばしにせずに、ほどほどのところで行っておきたいものですね。
* Cecilia S. Lee, Laura E. Gibbons, et al. Association Between Cataract Extraction and Development of Dementia . JAMA Intern Med. 2022
記事監修 眼科医 渡辺 貴士
日本眼科学会認定 眼科専門医
東京医科歯科大学眼科 非常勤講師
大学病院や数々の基幹病院において第一線で多数の手術を行ってきました。特に白内障手術と網膜硝子体手術を得意としています。現在も東京医科歯科大学の非常勤講師を兼任しており、大学病院での手術指導および執刀を続けています。