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多焦点眼内レンズで後悔する人

[2024.09.05]
多焦点眼内レンズを使用した白内障手術は、選んだレンズが患者さんに合っていれば、人生を変えるような出来事になるはずです。一方で、世間には「多焦点眼内レンズを使った手術をしたけれど、全く期待外れだった」「多焦点レンズではなく単焦点レンズにすればよかった」「多焦点眼内レンズの見え方に慣れず、手術の前より見えにくい」などと後悔している方もおられるのは事実です。また、白内障手術を手がける眼科専門医であったとしても、多焦点眼内レンズについて詳細な知識を持つ医師は多くないのが現状で、このように後悔している患者さんをみたことがきっかけで必要以上に多焦点眼内レンズに対して批判的な医師も多いです。実際に、「他院で多焦点眼内レンズを使用した白内障手術を受けたけれど、もう一度手術をやり直したい」という方が当院にもしばしばいらっしゃいます。
多焦点眼内レンズはメリットとデメリットが存在するレンズであり、内容も含めてインターネットをはじめ広く情報は知られていますし、そもそも手術の前に十分な説明を受けているはずなのにどうしてこのようなことが生じるのでしょうか。この記事では、多焦点眼内レンズを使用した際に十分な満足が得られない場合に考えられる原因について解説します。多焦点眼内レンズを入れたにも関わらず不満が出てしまう場合、患者さんの眼の状態や性格によって下記のような状況が考えられます。
 
・硝子体混濁があり、waxy visionを生じている
眼の奥の硝子体といわれるゼリー状の組織が様々な原因で濁ってしまうことを硝子体混濁といいます。とくに強度近視の人は硝子体混濁を生じやすいですし、全く病気がなくても硝子体混濁を生じることがあります。多くの場合にこの混濁が原因で飛蚊症を生じます。回折型多焦点眼内レンズを使用した場合、硝子体混濁が原因で眼内に入った光がうまく利用されず、水の中に入っているようなぼやっとした見え方になることがあり、これをwaxy vision(ワックスを塗ったような見え方)といいます。硝子体混濁を切除する硝子体手術を行うと改善する場合があります。この手術自体は安全な手術ですが、硝子体手術は専門性が高く執刀できる医師が少ないため、施行可能な医療機関は限られています。
 
・ドライアイのために眼表面(ocular surface)が不整になっている
ドライアイのために黒目(角膜)の表面にある涙の層(ocular surface)が不均一になり、これにより光がきれいに眼の中に入らない状況を生じることがあり、繊細な構造を持つ多焦点眼内レンズでは見え方が悪くなる場合があります。ドライアイ治療の点眼薬を使用すると見え方が改善する場合があります。
 
・黄斑疾患や進行した緑内障がある
黄斑前膜加齢黄斑変性などの黄斑疾患や、進行した緑内障がある場合に、とくに回折型多焦点眼内レンズを使用するとコントラスト感度の低下などの副作用が顕著になり、見え方の質が悪くなります。黄斑前膜など手術可能な疾患が原因であれば、手術により一定の改善をみる場合もありますが、一度見え方が悪くなるとその後とても良く見えるようになるのは難しいことが多いです。
 
・眼内レンズが中心固定されていない
多焦点眼内レンズでは繊細に光が振り分けられるので、眼内レンズが水晶体嚢の中で正確に中心固定されていないと見え方が悪くなります。これを眼内レンズの「偏心」といい、そもそもこのようなことが生じないように手術終了時に確認するべきですが、万一偏心が生じた場合には、医師が術後診察の際に早めに気付いて修正することが重要です。
 
・眼内レンズの乱視矯正軸がずれてしまっている
多焦点眼内レンズを使用する場合、裸眼でもよく見える状態を目指すために細かい乱視まできちんと矯正することが望ましいです。もともと角膜乱視が強くない方には乱視矯正無しのレンズを使用しますが、一定の角膜乱視がある方に対しては、toricレンズといわれる乱視矯正軸がついているレンズを使用します。患者さんの角膜乱視の軸(強主経線)レンズの乱視矯正軸の向きを合わせることで乱視を矯正するのですが、これが正しい向きからずれてしまうと乱視矯正効果がなくなるどころか、極端な場合には乱視が悪化してしまいます。これを予防するためには、手術の際に正確な乱視軸を決定することが重要です。乱視軸を決定するためには角膜に針で傷をつけたり、色素でマークをつけたりする古典的な方法から、近年はサージカルガイダンスという手術顕微鏡に乱視軸を表示できるシステムが使用可能ですが、非常に高額であるため導入している施設は限られています。当院はCALLISTOというサージカルガイダンスシステムを導入しており、余計な傷や色素をつけることなく、顕微鏡下で正確な乱視軸を確認しながらレンズの軸合わせを行うことができます。その上でも術後に眼内でレンズが回転してしまって軸がずれてしまうことが稀にあり、術後検診で医師が早期に気付いて修正する必要があります。
 
・もともと強度近視であり、手元の見え方に慣れていない
もともと強度近視の方で、特にコンタクトレンズを使用されている方は多焦点眼内レンズを使用すると、朝起きてすぐに遠くまでしっかり見えることに感動されることが多いです。一方で、強度近視の方は裸眼の状態で手元10cm程度のすごく近くにピントが合っていたため、手元30-40cm程度の距離にピントが合う多焦点眼内レンズでは、「手元が見えていない」という感覚になる場合があります。当然ながら一般的には「手元の距離」といえば30-40cmの距離を指すことがほとんどですので、慣れの問題ではあるものの、必要以上に近くで物を見る習慣が長い人生をかけて染みついていると、このギャップがストレスになるのです。対策としては、正しい距離で物を見る習慣をつけていただくしかないのですが、そもそも多焦点眼内レンズは手元が遅れて見えるようになるのが一般的なので、当面弱い老眼鏡をかけて時間を稼ぐという方法もあります。このように、慣れるまではかえって不便に感じられる場面もあると思いますが、あまりネガティブにならずにあくまで「便利になったところ」を見ていただくのが良いと考えています。
 
・もともと屈折も良好で水晶体の混濁が比較的軽度であったため、コントラスト感度の低下を感じる
多焦点眼内レンズの代表的な副作用として、コントラスト感度の低下があります。近年はコントラスト感度の低下が少ない多焦点眼内レンズである、焦点深度拡張型(EDOF)レンズもよく使用されていますが、回折型多焦点眼内レンズを使用した場合にはコントラスト感度の低下は避けられません。一般的には白内障に伴う混濁や屈折異常(遠視や近視)が改善することにより、コントラスト感度の低下は大きな問題にならず、むしろ裸眼で手元も遠くも見えるメリットが大きく感じられることが多いですが、特に白内障が軽度であった場合にコントラスト感度の低下を顕著に自覚することがあります。白内障が比較的軽度の患者さんが多焦点眼内レンズを使用した手術を希望された際には、このことについてよくご説明した上で、必要に応じて焦点深度拡張型(EDOF)レンズの使用を検討するべきです。
 
・神経質な性格のために、異常光視症がつらい
異常光視症(ハロー・グレア・スターバースト)は、コントラスト感度低下に並ぶ多焦点眼内レンズの代表的なデメリットです。回折型多焦点眼内レンズを使用した際に強くみられます。特に夜間など暗い場所で、光の周りに輪っかが見えたり、光がギラギラ見えたりする現象です。夜に車を運転することが多い方は注意が必要です。感じ方は人それぞれで、ほとんど気にされない方もいれば、気になって仕方がない方もいます。神経質な性格の場合にストレスを感じやすいといわれており、このため細かいことが気になる方は多焦点眼内レンズが向かないといわれることがあります。性格的に回折型多焦点眼内レンズが向かないと考えられる方には、焦点深度拡張型(EDOF)レンズを選択します。
 
・焦点深度拡張型(EDOF)レンズを使用して、手元が予想より見えない
コントラスト感度の低下や異常光視症といった多焦点眼内レンズ特有の副作用がきわめて少ない焦点深度拡張型(EDOF)レンズですが、欠点として50cmより近くの距離が見えにくいということが挙げられます。(レンズの種類により異なります)もともと遠視で、老眼の症状が強く出ていた方は十分満足されることが多いですが、一方でもともと近視であった方は手元の見え方が物足りない場合があるので注意が必要です。手元の細かい文字などについては老眼鏡を使用する前提であることを術前に十分ご理解いただくことが重要です。回折型多焦点眼内レンズのように手元がしっかり見えるわけではないということを理解した上で手術を行うと、「意外に手元も見える」という反応をされることは少なくありません。また、強く推奨するわけではないものの、片眼に焦点深度拡張型(EDOF)レンズを使用して手術した段階で、どうしても手元の見え方が物足りない場合に残りの片眼に回折型多焦点眼内レンズを使用することで、うまくいくとハロー・グレアやコントラスト感度の低下を最小限に抑えながら手元から遠くまできちんと見えるようになる場合があります。このレンズ選択の方法をMix&Matchといいます。
 
・片眼だけ手術をして、両眼の屈折度数に大きな差がある
多焦点眼内レンズは一般的に両眼に入れることで最大限能力を発揮できます。両眼から入った情報を脳がうまく処理して、より広い範囲でピントが合うようになります。これを両眼加算効果といいます。患者さんが若年でありもう片眼に白内障がない場合などには片眼だけの手術を行う場合がありますが、ある程度高齢で白内障が両眼に出ている場合には、両眼とも手術を行うことをおすすめします。多焦点眼内レンズの見え方に早く順応できる上に、両眼加算効果を得ることができます。片眼だけ手術を行い、残りの片眼と屈折(ピントの合い方)に大きな差が生じると、強い違和感を生じる場合があります。屈折の差が大きい場合眼鏡では矯正できないため、コンタクトレンズで矯正したり、手術していない眼にも白内障があるようなら早めに手術を行うことを検討します。
 
以上、多焦点眼内レンズを使用して後悔されている方の原因で代表的なケースについて説明しました。上記はあくまで一例ですが、このように原因が分かれば解決できる場合も多いです。大前提として、多焦点眼内レンズは付加価値レンズと呼ばれる特殊なレンズですから、その長所と短所について手術の前に医師からよく説明を受けた上で、そのレンズがご自身に本当に合っているのか確かめてから手術を受けるようにしてくださいね。
 

記事監修 眼科医  渡辺 貴士

日本眼科学会認定 眼科専門医
東京医科歯科大学眼科 非常勤講師

大学病院や数々の基幹病院において第一線で多数の手術を行ってきました。特に白内障手術と網膜硝子体手術を得意としています。現在も東京医科歯科大学の非常勤講師を兼任しており、大学病院での手術指導および執刀を続けています。

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