黄斑前膜の硝子体手術と多焦点眼内レンズ
[2025.02.28]
私たちが物を見るとき、眼の中に入った光は水晶体、硝子体などの中間透見体と呼ばれる組織を通り抜けて、網膜にたどり着きます。網膜の中でも、中央の最も大切な部分を黄斑といいます。黄斑が傷んでしまうと視力が大きく低下してしまうため、眼科医は診察の際に、黄斑に病気が出ないか目を光らせています。黄斑の病気と一口に言ってもその種類は多岐にわたりますが、硝子体手術を行うことで治療することができる病気もあります。硝子体手術の適応になる黄斑疾患の中で最も多い疾患は黄斑前膜(網膜前膜や黄斑上膜といわれる場合もあります)です。黄斑前膜の硝子体手術を行う際には、しばしば白内障手術を同時に行うため、この時の眼内レンズの選択について解説します。
黄斑前膜の手術の際に白内障手術を行うのはどのような理由があるのでしょうか。本来であれば黄斑前膜の手術は硝子体手術といって、眼の奥の手術ですから、水晶体(白内障)には触らずに眼の奥の手術だけして黄斑前膜のみを治すことも可能なはずです。それでも同時に白内障手術を行うのは、大きく3つの理由があります。
白内障がある程度進行しており、眼の奥がよく見えないため
白内障がそれなりに悪い場合、眼の奥の手術だけを行おうとすると、十分な視認性を確保できないことがあります。水晶体(白内障)は手前にあるので、窓ガラスが濁っていると部屋の中が見渡せないのと似た話です。先に白内障手術を行い、きれいな人工レンズに交換すれば眼の奥の治療を安全に行うことができます。
術後に白内障が進行して結局白内障手術が必要になるため
水晶体(白内障)を残したまま硝子体手術を行うと、手術の刺激により術後に白内障が進行して、結局白内障手術が必要になることがあります。白内障は年齢を重ねれば必ず生じる病気で、いつかは手術しないといけないという性質もあるため、それであれば二度手間になるよりは先に治しておいて将来治療しなくても良い状態を作ろうという目的で、多くの場合硝子体手術と同時に白内障手術を行ってしまいます。年齢が高くなれば高くなるほど術後早期に白内障手術が必要になる頻度が増えることが知られており、例外はありますが、50歳以降は全例白内障手術併施という施設が多いように思います。(施設によっては45歳以降であることもあります)
水晶体後面もしくは周辺の硝子体をより安全に切除するため
硝子体手術は眼の奥にあるゼリー状の組織(硝子体)を切除して、網膜や硝子体の病気を治療する手術です。この際に、十分な量の硝子体を切除することにより、術後網膜剥離などの合併症を減らすことができます。水晶体(白内障)を残したまま硝子体を切除しようとする場合、水晶体に接触しないように器具を操作する必要があります。器具が水晶体に触れると、術中もしくは術後に急激に白内障が進行してしまうためです。これ危惧して水晶体後面や、隅っこ(周辺)にある硝子体の切除が不十分になることがないように、白内障手術と硝子体手術を同時に行うということもあるのです。特に、黄斑前膜の手術の場合、病変が黄斑だけに限局していればよいですが、周辺網膜の裂孔や時には網膜剥離が隠れている場合もあり、このような場合にはより多くの硝子体を確実に切除することが良好な術後経過につながります。
以上の理由から、硝子体手術を行う際には病気の種類にかかわらず、白内障手術を併施することが多いです。そこで、とくに黄斑前膜に対する硝子体手術で白内障手術を行う場合、どのような眼内レンズを選択すればよいか以下に解説します。
単焦点眼内レンズ
黄斑疾患がある場合にも単焦点眼内レンズであれば問題なく使用することができます。単焦点眼内レンズは一カ所にしかピントが合わないため、特に若年で手術をした場合に老眼を自覚しやすいのが欠点です。硝子体手術を行う全ての医療機関で単焦点眼内レンズを使用することができます。
多焦点眼内レンズ
黄斑疾患がある場合にも病気の状態によっては一部の多焦点眼内レンズを使用することができます。具体的には、回折型多焦点眼内レンズは使用できませんが、焦点深度拡張型(EDOF)多焦点眼内レンズであれば使用可能である場合があります。一般に、焦点深度拡張型多焦点眼内レンズは回折型多焦点眼内レンズに比べると見え方の質が良いので、黄斑疾患による視機能低下の影響を受けにくいためです。例えば黄斑前膜の手術の際に同時に行う白内障手術において、多焦点眼内レンズを選択したい場合には焦点深度拡張型レンズが選択肢になる可能性があるのです。
しかしながら、焦点深度拡張型レンズは比較的新しいレンズであるため、「黄斑疾患があればそれがどのような状態であってもあらゆる多焦点眼内レンズは直ちに使用不可である」という考えの施設も多いのが実情です。このため、現状では黄斑前膜に対する硝子体手術と同時に行う白内障手術の際に焦点深度拡張型多焦点眼内レンズを選択できない施設もあるようです。
別の視点では、黄斑前膜に対する硝子体手術は、どのような手術を行うかということにより大きく結果が変わることに注意が必要です。丁寧かつ正確に黄斑前膜を除去しないと、術後に網膜が腫れてかえって見え方が悪化してしまう場合があるのです。黄斑の状態が悪くなれば、折角良いレンズを入れても台無しですよね。このような理由もあり、とくに黄斑疾患の硝子体手術の際に多焦点眼内レンズを使用するのには少しハードルがあるのかもしれません。
黄斑前膜などの黄斑疾患や、緑内障などの視神経疾患がある方も多焦点眼内レンズを使用できる可能性があるため、希望する術後の見え方のイメージについて主治医とよく相談してみてくださいね。
記事監修者について

眼科医 渡辺 貴士
日本眼科学会認定 眼科専門医
東京科学大学眼科 非常勤講師
大学病院や基幹病院において多数の手術を行ってきました。特に白内障手術と網膜硝子体手術を得意としています。現在も東京科学大学の非常勤講師を兼任しており、大学病院での手術指導および執刀を続けています。