フェムト秒(セカンド)レーザーによるレーザー白内障手術
[2024.03.13]
フェムト秒(セカンド)レーザーによるレーザー白内障手術について、患者さんから質問されることがあります。ここではレーザー白内障手術に対する私の意見を述べたいと思います。
結論から言えば、レーザー白内障手術は、通常のメスを使用した白内障手術に対する優位性についての科学的根拠が乏しいため、現時点では必要ないと考えています。むしろレーザー手術の場合には追加で必要な前処置があるため通常の手術よりも時間がかかり、私について言えばデメリットの方が大きいと考えられるのが現状です。以下にその理由を説明します。
そもそもフェムト秒(セカンド)レーザーとは何でしょうか。フェムト秒、つまり1000兆分の1秒という非常に短い時間の間にレーザーを照射することを連続的に繰り返し、眼球を切開する仕組みです。機械によりプログラムされた切開ですから、どんな医師がレーザーを照射しても、正確な切開が期待できます。どんな医師でも同じような結果になりやすいのがレーザー手術のメリットです。しかしながら、レーザーを照射する形状は機械でコントロールできても、実際にレーザーできちんと切開されたかどうかは確実には分からないという問題もあります。特に核処理(濁った水晶体を細かく砕いて吸引する操作)を行う際に、水晶体が確実に切開・分割されているのであれば、そもそもの分割という動作を省略できるのですが、実際には端だけ切れておらず結局分割の操作を従来の方法でやり直さないといけない場合があるようです。人間の手で分割を行う場合は細かい感触の違いから、端まできちんと分割しやすいのに対し、機械は本当の端までは切開できないことによりこのような現象が起こるのです。また、全ての患者さんに対して行えるわけではない点にも注意が必要で、瞳孔が小さい患者さんは適応にならないなどといった制約もあります。再現性があり、確実性の高い手術を追求する上で、この不確定要素のために二度手間になったりする可能性があるようであれば最初から自分で確実にコントロールできる従来の術式を選びたいと考えています。
レーザー白内障手術では、まずサクションリングという吸盤のような装置で眼球を吸引して固定した上で、眼球の情報を読み取り、レーザーを照射します。そこで必要な切開をしてから、白内障手術装置を使用するために別のベッドに移動して、核処理やレンズの挿入などの従来の手術と変わらない処置を行います。
従来の手術であれば、吸盤で眼球を固定したりベッドを移動することはなく速やかに手術は終了し、当院の場合所要時間はほとんどの手術で5分程度ですが、もしレーザーを使う場合はおそらく倍以上の時間がかかるものと推測されます。人間の手でこれだけ高精度の手術を行える状況下で、わざわざ機械の手を借りて余計な時間をかける意義がないというのが私の意見です。また、レーザー白内障手術は保険診療では行えないため、全額自費診療となってしまうのは大きな欠点です。吸盤で眼球をガッチリ固定する手術であるため、結膜充血や結膜下出血(術後しばらく眼が真っ赤になってしまう状態)のリスクが増えるのもいただけません。
白内障手術は医師による技術水準の差が極めて大きく(詳しくはこちら)、そのような力量の差を埋める手段としては、レーザー白内障手術は有用である可能性があると思います。一方で、熟練した医師による手術に対して臨床的に優位性があるとは考えにくく、むしろ上記のように余計な時間がかかったり、結局処理が不完全で二度手間が生じる可能性があることや、全額自費診療となってしまうことから、マイナスの側面があることは否定できません。
レーザー白内障手術の有用性を検証する論文は、メタ解析論文(複数の論文で得られた結果を総合的に判断する正確性の高い論文)を含め多くありますが、やはり現状では下記の論文(※1,2)に示されるように術後の視力や手術の安全面について、従来の人間の手による手術と差がなかったという結果ですから、優れた術者がわざわざ機械の手を借りることの科学的根拠は乏しいと言えるでしょう。私自身、自分が今手術を受けるならわざわざレーザー白内障手術は選択しません。
現状では上記のようにレーザー白内障手術のメリットがデメリットを上回る状況は限られていると考えられますが、医学は日進月歩であり、今後の技術の進歩に伴いレーザー白内障手術が主流になる未来もあるかもしれません。引き続き最新の技術を取り入れつつ、科学的根拠に基づいた治療を行っていきます。
※1 A.C. Day, J.M. Burr, K. Bennett, et al. Femtosecond Laser-Assisted Cataract Surgery Versus Phacoemulsification Cataract Surgery (FACT): A Randomized Noninferiority Trial. Ophthalmology, 2020
※2 A. Narayan, J.R. Evans, D.O'Brart, et al. Laser-assisted cataract surgery versus standard ultrasound phacoemulsification cataract surgery. Cochrane Database Syst Rev, 2023
記事監修 眼科医 渡辺 貴士
日本眼科学会認定 眼科専門医
東京医科歯科大学眼科 非常勤講師
大学病院や数々の基幹病院において第一線で多数の手術を行ってきました。特に白内障手術と網膜硝子体手術を得意としています。現在も東京医科歯科大学の非常勤講師を兼任しており、大学病院での手術指導および執刀を続けています。