保険適用になる多焦点眼内レンズはありますか
[2024.10.31]
白内障手術の際に使用する眼内レンズにはさまざまな種類があり、大きくは単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズに分類されます。多焦点眼内レンズを使用すると、眼鏡を使用せずに遠くも手元も見えるようになるため、適切なレンズを選択すればとても便利になる一方で、レンズ代金には健康保険が適用されず、自己負担となってしまうことに注意が必要です。多焦点眼内レンズの中でも国内承認レンズであれば、選定療養という制度を利用することができるため、手術技術料や薬剤代金は保険適用になり、眼内レンズ代金(当院の場合は片眼30万円+税)のみ自己負担となるため、比較的費用を抑えながら多焦点眼内レンズを使用することができます。一方で、国内未承認レンズの場合は眼内レンズ代金だけでなく、手術技術料や薬剤代金まで全額自己負担となるため、費用が非常に高額(当院の場合は片眼80万円+税)になります。
いずれにしても高額な費用負担が生じる多焦点眼内レンズですが、「保険適用になる多焦点眼内レンズはありますか」という質問をされることがあるため、これについて解説します。
結論から申し上げると、「一般的に使用される多焦点眼内レンズ(選定療養および自費診療)と同等の機能を持つレンズ」は、保険診療では使用できません。しかしながら、これに近い機能を持つレンズは市販されており、1つはレンティスコンフォート、もう1つがテクニスアイハンスというレンズです。
1.レンティスコンフォート (LENTIS Comfort)
レンティスコンフォートは参天製薬が販売している眼内レンズで、分類上は低加入(ピントが合う範囲が狭い)の多焦点眼内レンズです。保険診療で使用することができます。レンズの構造は分節型という作りになっており、上半分に遠方用、下半分に近方用の度数が設定されているようなイメージで、遠近両用メガネのような仕組みです。ハロー・グレアは比較的軽度であることが多いもののみられることと、ゴースト現象という像がにじんで見える特殊な見え方にも注意する必要があります。
中でも重大な有害事象として「カルシウム沈着」という現象が報告されており、このために当院ではこのレンズを採用しておりません。カルシウム沈着とは、術後に眼内のカルシウムがレンズに沈着して、レンズが濁ってしまうことにより見え方が悪くなってしまう現象です。勿論レンティスコンフォートを使用した全ての方にこのようなことが起こるわけではなく、割合で考えれば少数の方に起こる現象ではあるものの、一度カルシウム沈着が生じるとこれを改善するためにはレンズを摘出するしかないので、とても厄介な有害事象であると考えられます。特に糖尿病や緑内障がある場合や、術後に硝子体手術を行って眼内に空気やガスやシリコンオイルが入る可能性がある方には、レンズの使用可否について慎重に判断するよう、メーカーによる製品添付文書にも記載されています。しかしながら、将来硝子体手術が必要になるかどうかということを白内障手術を行う時点で正確に判断することは不可能であるため、レンティスコンフォートを使用する場合は、確率は高くないものの上記のようなことになる可能性があるということを、事前によく理解しておく必要があると思います。
当院でレンティスコンフォートを採用していないもう一つの理由として、加入度数が中途半端であるということがあります。レンティスコンフォートの加入度数は1.5Dですが、これは遠方を裸眼で見えるようにした場合、手元の見え方は70cm程度のところまでしかピントが合わないということになり、手元の細かい字をはっきり見る場合には結局老眼鏡が必要になることが多いです。一方で、ハロー・グレアなどの多焦点眼内レンズならではの副作用や、ゴースト現象という分節型レンズ特有の副作用もあるため、単焦点レンズと同じ感覚で使用することはできません。このようなレンズの特性が、まさに「帯に短し襷に長し」という印象で、前述のカルシウム沈着リスクがあることからも当院では採用しておりません。
2.テクニスアイハンス (TECNIS EYHANCE)
テクニスアイハンスはJohnson&Johnson社が販売している単焦点眼内レンズです。保険診療で使用することができます。0.5Dという非常にわずかな加入度数であり、基本的にはハロー・グレアなどの多焦点眼内レンズ特有の副作用がないことが特徴です。レンズの構造からは焦点深度拡張型(EDOF)レンズに分類されます。加入度数が非常にわずかであるため、ピントが合う範囲も多焦点眼内レンズのように大きく拡がるわけではないことに注意が必要です。あくまで単焦点レンズに分類されるレンズであるため、所謂多焦点レンズとはそもそものコンセプトが異なるのです。そのような中で、元々度数に左右差がある方など、特定の状況下で有用なレンズです。テクニスアイハンスは一般的に普及している使いやすいレンズですが、加入度数が0.5Dと小さいことから、その効果を最大限に引き出すためにはレンズ度数の設定にコツが必要であり、選択するレンズ度数によっては焦点深度拡張効果を得にくい場合があります。
この記事では保険診療で使用可能な付加価値レンズについて、白内障手術に精通する医師の本音を科学的根拠に基づいてお伝えしました。選定療養などで使用される多焦点眼内レンズと同等の眼内レンズは、現状保険診療では使用できないということがお分かりいただけたと思います。それぞれのレンズには費用面を含めてメリットとデメリットがあるので、どのレンズが自身に最適なのか、主治医とよく相談して判断するようにしてくださいね。
記事監修 眼科医 渡辺 貴士
日本眼科学会認定 眼科専門医
東京医科歯科大学眼科 非常勤講師
大学病院や数々の基幹病院において第一線で多数の手術を行ってきました。特に白内障手術と網膜硝子体手術を得意としています。現在も東京医科歯科大学の非常勤講師を兼任しており、大学病院での手術指導および執刀を続けています。