網膜剥離の手術後は「うつ伏せ」が必要?
網膜剥離の手術後の体位についてお話ししたいと思います。
網膜剥離(裂孔原性網膜剥離)とは、目の奥にある網膜に穴(網膜裂孔)が開いてしまい、そこから網膜が剥がれてきてしまう病気です。放置すると失明することもあり、また急速に進行することが多いので、しばしば緊急手術が必要になる疾患です。
初期の網膜剥離はレーザーで進行を予防できる場合もありますが、原則は手術を行う必要があります。網膜剥離の治療には硝子体手術と強膜内陥術(強膜バックリング術、網膜復位術)があります。
若年者の網膜剥離(網膜萎縮円孔によるものや、アトピー性皮膚炎に伴うもの等)の場合には、強膜内陥術が選択されることが多いです。強膜内陥術は、強膜(白目)の上にバックルと呼ばれるシリコン素材のベルトを巻くことで、眼球の外側から網膜の穴を押さえる治療法です。この場合、術後の体位制限をはじめとする行動制限は比較的少ないです。
一方で、中高年の網膜剥離(網膜弁状裂孔に伴うもの等)の場合は硝子体手術を選択することが多いです。硝子体手術は、強膜(白目)に小さな穴を3-4箇所あけて、眼の中に入り、眼の中にある「硝子体」というゼリー状の物質を除去する方法です。硝子体を取り除いた上で、眼の中に空気(または医療用ガス)を入れて網膜をくっつけます。空気は軽いので、重力に逆らって上の方に持ち上がる力を持っています。術後の頭の向きを工夫して、空気の力を利用することで網膜をくっつけるのです。
「網膜剥離の術後は1週間ずっとうつ伏せになっていなければならず、つらい」などという話を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。これは、眼の奥にある黄斑(網膜の中心)を最も高い(最も空気があたる)ところに持ってくるためです。「術後1週間うつ伏せ」というルールでの体位制限は一般的に行われていますが、このうつ伏せの体制から動けない状態は患者さんにとって大変な苦痛になります。
当院では、この負担を軽減するために、殆どの患者さんが翌日までうつ伏せの姿勢を取って頂き、その後問題なければ「起座位」(正面を向いてまっすぐ座っている姿勢)や「仰向け」などの姿勢を維持していただくようにしています。眼の奥にある黄斑をきちんと復位させる必要があるので、当初はうつ伏せを維持していただく必要があるのですが、実は網膜の穴は殆どが周辺網膜(眼の中では黒目の近くの前の方に位置しています)に生じるため、「うつ伏せ」よりもむしろ「仰向け」などの姿勢が有利になる場合が多いのです。これにより、患者さんの負担を軽減しながら、良好な成績で網膜剥離を治療することが出来ています。(網膜剥離の状態によってはうつ伏せを維持する必要がある場合もあります)
一般に、網膜剥離の手術においては眼球の後方にたまった水(網膜下液)を排液するために、意図的裂孔という穴を新たにあけることがしばしば行われていますが、その穴(眼球の後方)を空気でカバーしないといけなくなるため、術後にうつ伏せを維持する必要が生じます。当院では、なるべく意図的裂孔を作成せずに網膜剥離を治すことで、術後により苦痛の少ない姿勢で過ごしていただけるように配慮しています。また、当院では一般的な網膜剥離であれば30分程度の短時間で終了し、手術自体のストレスも最小限にするように心掛けています。
網膜剥離はともすれば失明に至ることもある怖い病気ですが、医療の進歩により安全に治療できることが多くなってきています。
当院は増殖硝子体網膜症などの難治性網膜剥離の治療にも対応しているので、他院で治療が難しいと言われた患者様も諦めずに一度お越し頂ければと思います。
記事監修 眼科医 渡辺 貴士
日本眼科学会認定 眼科専門医
東京医科歯科大学眼科 非常勤講師
大学病院や数々の基幹病院において第一線で多数の手術を行ってきました。特に白内障手術と網膜硝子体手術を得意としています。現在も東京医科歯科大学の非常勤講師を兼任しており、大学病院での手術指導および執刀を続けています。