糖尿病網膜症
糖尿病網膜症とは
糖尿病は、血糖値が高くなることで血管が障害され、全身の臓器に障害をもたらします。眼内の血管が障害され、眼内に出血などを引き起こした状態が糖尿病網膜症です。
糖尿病網膜症は、初期であれば自覚症状はありませんが、病期が進行し自覚症状が出現する頃にはレーザー治療や手術などが必要になります。そのため、自覚症状がなくても定期的に眼底検査を受けておくことが重要です。
糖尿病網膜症の病期(重症度)
糖尿病網膜症は重症度によって、①単純網膜症、②増殖前網膜症、③増殖網膜症の3つの状態に分類されます。このいずれの段階においても、網膜に浮腫を生じる黄斑浮腫の状態を合併することがあります。
単純網膜症
・毛細血管瘤:網膜血管に小さな血管瘤(けっかんりゅう)が生じたものです。
・網膜出血:点状出血や斑状出血と呼ばれる様々な程度の出血が生じた状態です。
・硬性白斑:障害された血管から脂質成分などが漏出したもので、網膜内に黄白色の沈着物として認められます。
単純網膜症の状態では、内科での血糖コントロールを行うことが最も重要であり、眼に対する治療は必要ありません。しかし、血糖値が安定していても網膜症が悪化するケースもあるため定期的な検査が必要です。
増殖前網膜症
・軟性白斑(綿花様白斑):網膜血管が障害されて閉塞することで、血流不足に陥った網膜に浮腫を生じた状態です。境界不鮮明な白色の病変として認められます。
・網膜内細小血管異常:不規則に拡張した血管や蛇行した血管を認める状態です。
増殖前網膜症の段階では、血流が十分に行き届かない網膜が出てきます。この虚血状態の網膜を放置すると、異常な血管(新生血管)が形成されて増殖網膜症に移行してしまうため、虚血状態の網膜に対してはレーザー治療(網膜光凝固)を行います。
増殖網膜症
・新生血管:虚血状態の網膜が存在すると、血流を補うために新しい血管(新生血管)が形成されますが、この新生血管は異常な血管であるため容易に破綻して出血を生じます。新生血管が破綻すると眼内に多量の出血(硝子体出血)が起こり、急激な視力低下にいたります。
・線維血管増殖膜:新生血管を足場として、白色の線維性組織である増殖膜(線維血管増殖膜)が形成されます。この増殖膜は網膜と強く癒着しており、増殖膜が収縮する際に網膜が牽引されて剥がれると牽引性網膜剥離を生じます。
増殖網膜症の状態にいたると、以下の治療の項目で述べるような様々な治療が必要になる上に、治療を行っても視力予後は不良です。
黄斑浮腫
高血糖のために障害された血管から水分が漏れ出し、網膜の中心部である黄斑が浮腫状になった状態です。
上図のOCTでは、網膜が浮腫状になっている(黄色矢印)ことが分かります。黄斑は視機能において重要な役割を果たしているため、黄斑浮腫が生じると視力低下やゆがんで見える症状を自覚します。抗VEGF薬の硝子体内注射による治療を行います。
治療方法
糖尿病網膜症の治療の基本は血糖値の管理です。糖尿病網膜症の病期がどの段階であっても、血糖値を下げることはさらなる病態の悪化を予防するために重要です。しかし、糖尿病黄斑浮腫、硝子体出血などを発症した場合には、眼科での積極的な治療が必要になります。
黄斑浮腫に対する治療
網膜血管が閉塞すると眼内にはVEGF(血管内皮細胞増殖因子)という物質の濃度が上昇し、血管からの水分の漏出が増えるために黄斑浮腫が生じます。
黄斑浮腫を放置すると視機能は低下するので、VEGFを抑制するための抗VEGF薬を眼内(硝子体内)に注射します。多くの場合で長年にわたる繰り返しの注射が必要になります。
虚血網膜に対する治療
糖尿病の血管障害により網膜の血流が悪くなると、網膜は酸素不足(虚血状態)となり機能が低下します。
虚血状態の網膜に対しては、周囲から新しい血管(新生血管)が生えてきますが、この新生血管は異常な血管であるため、容易に血管が破綻して眼内に出血(硝子体出血)を生じます。
新生血管の形成や硝子体出血の発症を防ぐために、虚血状態の網膜に対してはレーザー治療を行います。レーザーが照射された網膜には、新生血管が形成されなくなるため、さらなる合併症(硝子体出血や牽引性網膜剥離など)を予防することができます。
上図は蛍光眼底造影検査の写真であり、血管や血流のある網膜は白く描出されています。しかし、虚血状態の網膜(黄色矢印)では、血流が途絶えているため黒く抜けた領域になります。
硝子体出血に対する治療
新生血管が破綻して眼内に出血を生じた状態を硝子体出血といい、視力は著しく低下します。
硝子体出血の原因には網膜剥離(裂孔原性網膜剥離)など他の原因が隠れている可能性もあるため、硝子体手術による出血の除去を行った上で、出血を引き起こした原因を確認します。
下図は硝子体出血に対して、硝子体手術を行なっている際の術中写真です。
①では、網膜の中心部に存在する出血を硝子体カッターにより除去しています。②では、硝子体出血が除去されたことで、綺麗な眼底を視認できるようになりました。③では、眼底の中心部を除いた網膜の周辺部にレーザーを照射しており、レーザー照射後の瘢痕が多数の白い斑点として確認できます。
血管新生緑内障に対する治療
新生血管が網膜だけでなく、虹彩や隅角(眼内を流れる房水の出口部)に生じると眼圧が上昇します。この状態を血管新生緑内障とよび、血管新生緑内障では高度に眼圧が上昇するため、短期間で視野障害が大幅に進行します。
新生血管の勢いを抑えるためには、抗VEGF薬の硝子体内注射が必要です。また、新生血管が新たに作られないように虚血状態の網膜に対して十分なレーザー治療を追加します。
点眼薬の治療だけでは眼圧を下げるのが困難であるため、多くの場合で緑内障手術が必要です。しかし、緑内障手術を行っても十分に眼圧のコントロールを得ることが難しく、最終的には失明に至ることも珍しくありません。
上図は血管新生緑内障を発症した方の虹彩部分を拡大したものです。通常であれば、虹彩には目に見える血管は存在しませんが、矢印で示した部分を中心に新生血管が虹彩全体に網目状に広がっていることがわかります。
牽引性網膜剥離に対する治療
線維血管増殖膜には収縮する力が働くため、増殖膜が網膜を牽引する力が強くなると、網膜剥離が生じます(牽引性網膜剥離)。網膜剥離の範囲や程度に応じて視機能の低下が生じます。
緊急手術が必要となる裂孔原性網膜剥離と比較すると病態の進行は緩徐であるため、適切なタイミングで硝子体手術を計画します。しかし、多くの場合において手術は非常に困難であり、視機能の改善も限定的となります。
記事監修 眼科医 渡辺 貴士
日本眼科学会認定 眼科専門医
東京医科歯科大学眼科 非常勤講師
大学病院や数々の基幹病院において第一線で多数の手術を行ってきました。特に白内障手術と網膜硝子体手術を得意としています。現在も東京医科歯科大学の非常勤講師を兼任しており、大学病院での手術指導および執刀を続けています。